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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
七
慈円はまた、
「だが、おもとなどは、そういう逃避を見つけてはいけない。わしなどは、いわゆる和歌詠みの風流僧にとどまるのだから、そうした心境に、小さい安住を見つけているのじゃ。やはり、おもとの今のもだえのほうが尊い――」
「でも、私は、真っ暗でございます」
「まいちど、叡山へのぼるがよい。そして、あせらず、逃避せず、そして無明をあゆむことじゃ。歩むだけは歩まねば、彼岸にはいたるまいよ」
どこかの築地の紅梅が、風ともなく春のけはいを仄かに陽なたの道に香わせていた。
七
青蓮院の門が見えた。その門を潜る時、慈円はまた、ことばをくりかえして、
「もいちど叡山へもどったがよいぞ」と、いった。
「はい」範宴はそう答えるまでに自分でも心を決めていたらしく、
「明日、お暇をいたしまする」
「うむ……」慈円はうなずいて、木履の音を房のほうへ運んで行った。すると、房の式台の下にかがまって、手をついている出迎えの若僧があった。
慈円は、一瞥して、ずっと奥へはいってしまったが、つづいて範宴が上がろうとすると、若僧はふいに彼の法衣の袂をつかんで、
「兄上」と、呼んだ。
思いがけないことであった。