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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

同門の友との往来も厳禁されている。

それでも不平はいえないことだった。遠国へ流されるまでのたとえ幾日でも、こうして、妻と共に、子と共に、起居がゆるされることになったのは、その裏面に、舅の月輪禅閤のどれほどな運動があったか知れないのである。あのよき舅御がなかったら、こういう寛大があるどころではない、善信の死刑は、念仏停止の宣下があった後、三日を待たずに行われていたにちがいない。その禅閤も、やがて、岡崎を訪れ、

「わしはもう嘆かぬ」といった。

善信は、師の法然上人の消息を舅から聞いて、

「さもござりましょう」と、安堵の笑みを泛かべ、

「ただ、このうえの慾には、上人御流罪のまえに――またこの善信が配所に下される前に――たった一目でもお目にかかってゆきたいことです」禅閤は、もっともであるとうなずいて、それもなんとか、朝廷の人々にすがって、願ってみようといった。また、玉日と房丸のことについては、

「わしが護っておる、必ず、案じぬがよかろうぞ」といいたした。善信は、何事も、吹く風にまかせて咲いている蘭のように、

「どうぞ」と、いうだけであった。なんの苦悩らしいものもその眉には見あたらない。