轻松读懂日语经典作品
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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
春のけはい
一
春のけはい
一
この世に――この日の本に生れてきた自分の使命が何であるかを、範宴は自覚した。
同時に、
(自分は二十歳にして死んだものである)という観念の下から新しく生れかわった。
この二つの信念は、磯長の廟に籠った賜物であった。聖徳太子からささやかれた霊示であると彼は感激にみちて思う。けれど、
(では一体、自分は何をもって、その重い使命を果すか)となると、彼はまた混沌たる迷いの子になった。
太子廟の壁文には、
――日域は大乗相応の地、あきらかに聴けわが教令を。
とあった。けれどもそれは暗示であり、提案である、「わが教令を聴け」といわれても、太子のふまれた足蹟はあまりに偉大であり、あまりに模糊としている。
「――聴く耳がなければ」と範宴は新しくもだえた。
「聴ける耳がほしい」迷える彼は、それからいずこともなく二年のあいだをさまよいあるいた。
東大寺の光円を訪れ、唐招提寺をたたき、そのほか、法燈のあるところといえば、嶮しさに怯まず、遠きに倦まず、雨や風に打たれても尋ねて行った。
けれど、彼の求める真理の鍵はなかった。太子がひろめられた教令のかたちはあっても、いつか、真理のたましいはどこにも失われていた。