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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

十一

あった。

無視の中から、十八公麿は生れた。――のちの親鸞聖人である。

もし、彼女の良人である有範朝臣が、時めく才人であるか、政権をめぐる時人であったらば、十八公麿は、生れていなかったかも知れない。

なぜならば――その前に、吉光御前の血統は六波羅の忌むところとなって、義朝の子たちである――頼朝や遮那王(義経)のような厳しい追放をうけないまでも、何らかの監視と、束縛に、家庭は呪われずにいなかったに違いないからである。

「や。お待たせした」侍従介は、やがて何やら、小筥を持って入ってきた。

十一

「これを、鞍馬の遮那王様へ、さし上げてくれいと、おん奥の方のお伝えでござる」

小筥を前に、侍従介がいう。平たい塗筥である。ゆるしをうけて、吉次は、そっと、蓋をとって見た。伽羅の香が、煙かのように、身をくるむ。

白絹でつつんで、さらに、帙で抱いた愛らしい一帖の経本がはいっていた。紺紙に金泥の細かい文字が、一字一字、精緻な仏身のように、端厳な気と、精進の念をこめて、書かれてあった。

「どなたの、ご写経でございまするな」吉次がいうと、

「されば」侍従介は、改まった。

「お従弟にあたる遮那王様の孤独を、人知れず、おいとしがられて、吉光御前様が、日頃から、心にかけて遊ばされたもの。