轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二

「お家のためを存ずればこそでござります。不肖も老臣衆も」

「なに、これが」

「殿のご不平は、小者の端にいたるまで、よっく胆に銘じてはおりますなれば」

「玄蕃玄蕃。――分った面がまえせずとわしの胸中をよく聞け。わしは今、中国は七州の太守だ、何の不自由もなし、近江源氏の末として恥かしい身分でもない。……だがの、宇治川の晴れ場で、梶原源太の先駈けしたこの四郎高綱が、武門には長けて、智恵は浅い男よと、末代まで笑い者にされては口惜しい。――頼朝めの肚をいえば、自分が天下の権を握ったからには、高綱に不平があろうと、約束を反古にしようと、手出しはなるまいと、この佐々木家を見縊ッてそらうそぶいたのだ。何と、気色のよくないことか。――たとえ頼朝、実朝の亡い後でも、この名分は明らかにせねばならぬ。大将の嘘が、かくのごとく堂々と通っては、戦場においての武士の信義は地に堕ちてしまうわ。――武門のためわしは主張するのだ」

「今日まで、お怺え遊ばしたものを、何でまた、俄かにさまで仰せあるか。玄蕃も、この儀には、ほとほと困じ果てました」

「わしばかりではない、命を槍先にかざして働いた多くの大名、武士たちの末路を見ろ! 泰平の後は皆、片田舎の荒れ地へ追いやられ、ただ口先の弁巧で、ぬらりくらり身を這い上げた諂い者が、廟に立ち、政治を私しているので