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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

八

四郎は、裳をつかんで、

「姫、もう諦めなければいけない、落着いて、俺の話を聞け」

「誰ぞ、来て賜も」姫は、泣きふるえた。

黒髪は風に立って、姫の顔を、簾のようにつつんだ。

八

それよりは少し前に清水坂の下を松原のほうへ曲がって、弥陀堂の森からさらに野を横切ってくる二つの人影がある。

師の範宴の帰途を案じてさまよっている性善坊と覚明のふたりで、

「覚明、あれではないかな」

「どれ?」

「むこうの畷」

「ほ、いかにも」

「松明の明りらしい」野を急いでゆくと、果たして、牛車に三、四人の郎党がつき添って西へ向って行くのであるが、どうやら道を迷っているものの如く、自信のない迷者の足どりが時折立ちどまってはしきりと不安な顔をして方角を案じているのである。

「うかがい申すが――」不意に、こう覚明が声をかけると、車のそばの眼がいっせいにふり向いて、

「何かっ?」と、鎌倉ことばで強くいった。

「車のうちにおわすのは、もしや聖光院の御門跡様ではござりませぬか」すると、簾の内で、

「おう」と、範宴の声がした。

「お師様」性善坊はそばへ駈け寄って、宵の火事さわぎや、諸処を探し廻ったことを告げ、

「なぜ、いつもにもなく、かような道へお廻りなされましたか。