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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

八

浄憲の眼は、しきりと、廻廊や南苑の人影へうごく。

人が来ないとみると、小声で、早口にことばをついで、

「どうじゃ、何とみらるる、平家の暴状、癪ではおざらぬか、忌々しゅうは思われぬか、小松重盛を左大将に、これは、まあ我慢もなるとして、その次男坊の宗盛――木偶に冠じゃ――猿に履じゃ。それを、一躍、徳大寺や花山院の諸卿をとび超えて、右大将に任ずるとは、なんと、阿呆らしい――」白馬が、遠くでいなないた。浄憲は、眸の小さい眼で、ぎらりと、あたりを見た。

「――この手で、まだまだ、勝手気ままに、清盛入道は、叙位除目を私するじゃろう。おそれ多いが、お上も、あるやなしの振舞、いわんや、吾々輩をや」

「……ちと、今日は館に、約束の客を待たしてもあれば」

「まあ」と、浄憲は、範綱の袖をとらえて、

「それと、これとは、事の大きさが違いましょう。貴所も、院の御信任あさからぬ臣下の御一名ではないか」

「こういう所では」

「いや、改まった場所では、すぐ、平氏の者がうるさい。……ではご一言、伺っておこう。新大納言のお考えに、そこもとは、ご加担か、お断りの肚かを」

「今は、申しかねる」

「二心おもちか」