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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二

帰依する上人に対して。また、愛しいわが娘の聟――善信に対して。

「……何たること!」老いの唇を噛みしめ、

「わしの身で代われるものなら」めったに嘆いたり狼狽えたりしない彼が、

「いても立ってもおられぬ――」とさえ口走って、幾日かを、物狂わしげに悲しまれていたという町の人々のうわさも、決して、誇張ではなかったろう。

そしていよいよ宣下の日になると、彼は、老いの身を牛車に託して、

「吉水へ」と、命じた。

吉水へ――これが最後の彼の運びであった。――光明の道、易行往生の信をもって通った道を、どうして、暗澹たる悲嘆の泥濘として踏まなければならないか、禅閤は、

「……死にたい、もう、人の世がいやになった」牛車の内で、つぶやいていた。

――来てみれば、ああと、禅閤は思わず太い息をもらした。なんたる変りようだろう、これが昔日の念仏の声にみちたあの吉水のお住居だろうか。

「…………」禅閤は、しばらく、牛車のすだれを垂れ籠めたまま泣いていた。従僕が、

「着きましてございますが」とうながしても、降りようとしなかった。

門のあたりは、焚火のあとを蹴散らした燃えさしの薪だの、警固の武士がぬぎすてた切れた草鞋だの、馬の糞だの、狼藉を極めた光景だった。