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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

六

その結果、

「これは念仏門に止めを刺したな」と、観る者が多かった。

いつの世でも、新しく勃興するものには、必ずこういう痛撃が出るし、受け身になるものよりは、駁撃するほうへ痛快がるのが、言論の世界の通有性である。かなりの識者のうちでも、

「やったな」

「愉快だよ」そういうことがよろこばれるものだ。

まして、叡山の大衆、南都の大衆などは、手を打って、

「これで、念仏も黙った」と、明慧説を、絶対に支持した。

――なるほど、吉水禅房は、その一時の隆盛ぶりから見ると、表面いちじるしく衰弱したように見える。しかし、そこを訪れた者は当の法然上人を初め、高足たちが、意外に泰然として、しかもすこしも明慧説を陰で誹謗するようなこともなく、その信仰にも、毛ほどな揺るぎも見せないことを、むしろ奇異に思うくらいであった。

いや、人出入りや、房の学僧などの数こそ、ひところよりは減ったが、残った人々のあいだには、外部の迫害に対して、かえって、いっそうその結束と信仰のつよさを固めてきた風さえあった。

念仏か、菩提心か。

そんな問題や、

聖道か、易行か。

というようなことは、もうここの人々には初学であった。