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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二

(もっと、よく見よ)

(遠いから、人は見えません)

(その人間の、生きる相、亡びる相、争う相、泣く相、栄える相、血みどろな相――。見えるか)

(そんなのは、見えるわけはありません)

(いけない。……それでは、何も見えることにはなりはしない。おまえは、世間にいれば、世間が見えてると思っているだろう)

(ええ)

(大違いだ。――魚は河に棲んでいるけれど、河の大きな相は見えないのだ。悠久な、大河の源と、果てとを見極めるには、魚の眼ではいけない)

(では、何の眼ですか)

(仏の眼)

(ここは、河の中ではありません)

(叡山は、河の外だよ)範宴は、なにか、うっすらと、教えをうけた。それからは、都の灯を見ても、恋しいと思わなかった。

二

短檠の丁字を剪って、範宴が、ふたたび、机の上の白氏文集へ眼を曝しはじめると、

「さ……水を汲んできた、足を洗いなさい」と、入口の方で、また、物音と人の気配がした。やはり、狐狸ではなかった。

範宴は、すこし、燭の位置を移して、うしろへ身をのばしながら、

「性善坊か」すると、はっきり、

「ただ今帰りました」彼の返辞であった。すぐ上がってきて、

「範宴さま。ただいま、戻ってくる途中で、ふしぎな人に会いました。