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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二

「師の房様。おさしつかえござりませぬか」くんくんと何かのにおうそこの室の内から、親鸞の声がすぐ答えた。

「どなたか」

「西仏です。――じつは只今、私の旧友で、師の房にもとくご存じでおわしましょうが、近江佐々木の庄の住人、佐々木三郎盛綱が、なにか親しくご拝眉を得たうえで、お願いのすじがあると申し、はるばるこれまで訪ねてござりましたので、お会い下さるなれば、有難う存じますが」

「…………」何か黙考しているらしくもあるしまた、机のうえでも片づけているのか、しばらく返辞がなかったが、やがて――

「どうぞ」と、いうのが聞えた。

西仏は振向いて、三郎盛綱のうれしげなうなずきを見た。そして、静かに妻戸を引いてそこを窺うと、朽葉色の法衣のすそがすぐ盛綱の眼に映った。

(ああ多年、会いたいとお慕い申していたおん方、今こそ会えるか)と、盛綱は若者のような胸のときめきを覚えて、屈み腰に、そっと進む。

――すぐ後ろから、鈴野が短檠を持ってきて、主客のあいだへ、静かに明りを配る。――そしてこの老武者が有名な源氏のさむらいであるかと、尊敬と物めずらな眼を客に向けて、退がって行った。

時の流れはあわただしかった。