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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「ひかえろ」飛びかかってきた侍は、左右から彼の狂いまわる腕をつかまえて引き据えた。藤木権之助と広瀬大膳の二人であった。

「言語道断な奴めが」

「お場所がらをわきまえぬか」と、叱咤して、

「こりゃ平次、いつもの仕事場とはちがうぞ、ゆるし難い狼藉、きょうこそ、その素っ首を打ち落してやるから立てっ」襟がみを引摺ると、平次郎はもう痩せ犬のように身を縮めているだけだった。

すると、凜として一方から、

「お待ちなされ」

つと、声がひびいた。

何者が遮るのかと、権之助が振り向いた。法名を乗念房という尾張守親綱の声だったのである。権之助は心のうちで、

(なぜ止めるのか)と、問い返すような眼を彼へ向けた。親綱は、

「上人の御意です」と、次にいった。

その一言に、誰もみな黙った。しいんと鳴りをしずめて、眸は上人のほうへ集まっている。親鸞は、やおら法衣のたたずまいを改めて、

「その者を、これへ」と、さし招いた。

五

そこに、彼は初めて、ありありと、うわさに聞いていた親鸞の姿を眼に見た。

「ヘ……ヘイ……」どうしても、面をあげることができないのである。

「おもとが、木匠の平次郎か、わしが稲田の親鸞でおざる、よい折に会った、おそろしいことは何もない、いやむしろよろこばしいことすらある」