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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「いそげよ」門の外へ出ると、範綱は、鞍の上から再びいった。

あぶみの側へ寄って、馬と共に駈けながら、箭四郎が、

「お館様」

「なんじゃ」

「世間へ仮病が知れても大事ございませんか。裏道を通りましょうか」

「それには及ばん」

「して、お行く先は」

「仙洞――」さては参内であったのかと彼は初めて気がついた。仙洞というのは、後白河法皇の離宮である院の別名なのである。六条からはそう遠くはない。しかし本道の五条大橋を越えてゆくと、橋の東に小松殿の薔薇園があり、その向い側には入道相国の六波羅の北門があって、その間を往来するのはいつも何となく小気味がよくないし、肩身の狭い気がするのであった。

わけても、今日は主人が何かつよい決心を眉宇にもって、にわかに参内するらしい途中でもあるので、箭四郎はいそげといわれながら、道を迂回して、三条の磧から仮橋を越えて、十禅師の坂へかかった。

「箭四」

「はい」

「きょうは、たしか二日じゃの」

「六月二日でございます」

「…………」範綱は、時刻を考えるように、陽を仰いだ。陽はずっと加茂川の末のほうへ傾いている。

「駈けるぞ」一鞭あてると、箭四郎は坂道にとり残された。