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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

「それも、ご修業だ」

「朱にまじわればということもあるではないか――」

「染まるようなご素質であったら、それは、ご素質がわるいのじゃ」

「いまいましい、童どもだ」

「だが、貧乏車とは、童も嘘は歌っていない。このお粗末な車を見て、たれが、貧乏でないといおうか。……ああ、なんぼ、くるくる廻っても、貧乏車は、ぼろ車。世の中が回らぬうちは、どうもならん」

牛飼も、雑色も持たない古車は、轍の音さえも、がたことと、道の凸凹を揺れてゆく。

三

次の日から、十八公麿のすがたは、雨の日も、風の日も、欠かさずに、学舎に見えた。

師の日野民部忠経は、元南家の儒生で、儒学においては、朝に陰陽師の安倍泰親、野に日野民部といわれるほどであったが、磊落な質で、名利を求めず、里にかくれて、児童たちの教育を、自分の天分としていた。

民部は、十八公麿を、愛した。日のたつに従って、その天稟を認めてきた。

(これこそ、双葉の栴檀だ)まったく、十八公麿の才能は、群をぬいていた。むしろ、余りにも、ほかの児童と、かけ離れ過ぎているくらいなのである。で児童のうちにも、嫉妬はある。

がたがた車

がたぐるま

貧乏ぐるまの