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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

大熱を発して、昼も、どうかすると大廂に、三位頼政の首がぶら下がっているの、屋根のうえを、義朝の軍馬が翔けるの、閻王を呼べの、青鬼、赤鬼どもが、炎の車について、厩舎門の外に来ているのと、変なうわ言ばかりを洩らすのであった。

だが、宗盛をはじめ、平家の親族は、かたく、清盛の病気を秘して、

「口外無用」と、宿直や、典医や、出入りする将へも言いわたしていた。

頼朝の兵は、枯れ野の火のように、武蔵を焼き、常陸へ入る。

義仲は、近江路へと、はや、軍馬をすすめていると聞えた。

そうした、眼まぐるしい、一刻の落着きもない都のなかを、毎日、十八公麿は、がたがた車で、日野の学舎へ一日も怠らずに通いつづけているのである。

すると、ある日、悪童組の寿童丸や、ほかの年上の生徒が五、六名、民部の留守を見すまして、

「やい、牛糞町の童」と、十八公麿をとりまいていった。

「おまえの父親は、六条の範綱ではあるまい。ほんとは、日野の有範の子じゃろう」

それは十八公麿も、知っているので、かなしくはなかった。黙って、澄んだ、まるい眼をして、そういう悪太郎達の顔をながめていた。

寿童は、脅かすように、