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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

日野の学舎を出て、ぐわらぐわらと、夕霜の白い草原を走らせてきた。

車のうちでは、簾をあげて、書を読む声が聞える。往きと、帰りと、十八公麿は、書を読んでいた。もう、星が白く、地は暗かった。それでも、寒風に顔を出して、書を手から離さないのであった。

「あっ……」牛飼は、立ち竦んだ。

行くてに当って、大きな炎が、真っ赤に、大地を焦いていた。この風であるし、萱原であるし、まるで、油をそそがれたように火はまわる。

「牛飼」

「へい」

「横へ曲がれ。少し、遠くはあるが、道はあろう」介は、煙に咽せながらいった。

車は、すこし戻って、石ころの多い萱原の小道を西へ駈けた。するとまた、

「駄目だっ」

「なぜ」問うまでもない、介の眼にも、すぐわかった。そこら一面も、焼けているのだ、後へ戻ると、そこにも火、あちらにも火、車は、みるまに十方の炎につつまれて、立ち往生してしまった。

「わはははは」

「あはははは」どこかで、嗤う声がした。

真っ黒な煙を、天から、たたきつけてくる。十八公麿は、車の中で、しきりと、咳声をして苦しがっていた。

「さては、成田兵衛の小せがれだな」介は、もう許せないというように、太刀の柄をにぎって、笑い声のした萱の波へ躍って行った。