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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「和子よ」と、涙ぐんだ。

「――今日の禍いは、幸いに怪我もなくすぎたが、この後とも、一身を大事にまもらねばなりませぬぞ。心に、油断があってはならぬぞ。そなたの身に、もしものことがあったら、この母は、どうしましょう」それから、夜の更けるまで、いろいろと、十八公麿のゆく末のことを案じて、いいきかせた。

それが、母と子との、最もしみじみと心で抱き合った最後の夜であった。

石井戸に立って、水づかいをしていた時に、寒気がするとつぶやいていた彼女は、その夜から、寝間を出ずに、幾日も閉じこもった。

良人にわかれてから、とかく、病みがちであった彼女には、病気以外に、二人の遺子を抱えて、また、範綱の苦しい家計や、世難の悩みをながめて、共々に、やすらかな日を味わう暇もなく暮してきた。

風邪気味と、かろく自分でも考えていた数日のあいだに、彼女の若さも、肌も、病魔の鉋に削られて、眼にも驚かれるばかり、痩せ細ってしまった。

「オオ……何やら美しい……蓮花がにおう……妙なあの音は、笙の音か、頻伽の声か。……蓮華が降る、皆さま、蓮華が降って、私の顔にかかります」信仰のふかい彼女は、熱がたかくなると、うわ言をいって、細い蝋のような手を、うごかした。