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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

それが済むと、学寮に入って、師の坊の講義だの、僧たちの討論をきいて、やっと、自分のからだになって、机に坐るのが、もう午であった。

「おいたわしい」と、性善坊は、範宴のかわりに、水を汲んだり、拭き掃除をしようとしたが、他の僧に見つかると、

「ばか者、なんで寺へ入れた」といわれる。慈円僧正もまた、

「庇うことはならぬ」と、叱った。

以来、見て見ぬふりをしているが、時折、「ああ手が腫れていらっしゃる……」と、彼のあかぎれを見ても、胸が迫った。

こういう、世間なみの人情を、寺では、凡情とわらう。もっと、ほんとうの愛をもてという。

「そうかなあ」彼自身もまた、自身の勉強にせわしかった。

十二月に入ると初旬の三日には、慈円僧正が叡山にのぼるということを、範宴は、弟子僧から聞いた。

叡山の座主であり、慈円僧正の師でもある覚快法親王が、世を去られたために、その後にのぞんで、一山の大衆を導くことになったのである。

だが、慈円は、そんな身辺の変化が、明日に迫っているとも知らないように、一室で、例の支那から渡来した茶の葉を、独りで、煮ている。

「お師さま」範宴は、そっと手をついた。