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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

腕ぐみをして、ぼんやりと、鐘楼の柱に凭れているのである。

つい一昨年ごろ、坂本から上って来た若者で、はじめは、房の厨中間として働いていたが、なかなか、学才があるし、賤しくないし、少し才気走った嫌いはあるが、感情家で負け嫌いなところから、堂衆に取り立てられて、今では学僧のなかに伍している朱王房だった。

今朝は、彼が鐘楼役なのに、そこへ上ったまま、腑抜けのように腕ぐみをしているので、見にきた彼の友は、

「おいっ、朱王房じゃないか」下から呶鳴った。

朱王房は、上から、にやりと笑った。しかし、元気がないので、

「どうしたっ」訊ねると、膠のない顔つきで、

「どうもしやしない……」

「なぜ、礼鐘を撞かん?」

「…………」

「知らぬはずはあるまい。――今朝の一山同鐘を」

「知ってる」

「横着なやつだ」とととと、石段を駈け上がって行って、

「退けっ、俺が撞く」と、朱王房の肩を押しのけた。

「よし給え」

「なんだと」

「いまから撞いたって、間に合いはしない」

「じゃ、貴様は、故意に撞かなかったのだな」

「そうだ」はっきり、朱王房はいった。持ちかけた撞木の綱を放して、気色ばんだ彼の友は、朱王房の胸ぐらをつかんで睨みつけた。