轻松读懂日语经典作品
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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
(――何といっても、まだ子どもだ)慈円も、欄まで出て、うしろ姿を見送っていた。
だが、どうしてか、慈円には、その子どもである範宴が、巨きな姿に見えてならなかった。一代の碩学だの、大徳だのという人に会っても、そう仰ぎ見るような感じは滅多にうけない自分なのに――と、時には冷静に自己の批判を客観してみても、やはり、どこか範宴には凡の人間の子とは、違うところがある。
(どこか?)と人に訊かれたらこれも困る。
どこも違いはない。十歳の少年は、やはり十歳の少年である。
弘法大師や、古き聖の伝などには、よく、誕生の奇瑞があったり、また幼少のうちからあたかも如来の再来のような超人間的な奇蹟が必ずあって、雲を下し、龍を呼ぶようなことが、その御伝記を弥尊く飾ってはいるが、これは慈円僧正も、必ずしも、すべてが然りとは信じていないのである。むしろそれは、民衆が捧げた花環や背光であって、釈迦も人間、弘法も人間と考えてさしつかえないものと思っている。
近くは、黒谷の法然上人のごときも、民衆の崇拝がたかまるにつれ、
(聖のお眸は二つあって、琥珀色をしていらっしゃる)とか、
(ご誕生の時には、産屋に紫雲たなびいて天楽が聞えたそうな)とか、