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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

呼んでやりましょう」性善坊はすこし離れた崖の際まで駈けて行って、

「オオーイ」谷間をのぞいて呼んだ。

姿は青葉や山藤の花などで、見えないが、尺八の音は、糸の切れたように、やんだ。

孤雲はその時、ずっと下の渓流のふちに平たい巌を選んで、羅漢のように坐っていた。ここへは、性善坊が察したとおり、口が渇いたので、水を飲みに下りてきたのであるが、孔雀の尾のような翠巒と翠巒の抱くしいんとして澄んだ静寂のなかに立っていると、彼は、傷だらけな心を、ややしばし慈母のふところにでも安らいでいるように、いつまでも、去りがてな気持がして、そこの岩の上に、坐ってしまった。

何かは知らず、とめどもなく涙があふれてくる。昼の雲が、静かな峡のあいだを、ふわりと漂っていた。母も妻も子も、また家もない自分の境遇と似ている雲を、彼は、じっと見ていた。

誰にとも訴えようのない気持がやがて、尺八の歌口から、哀々と思いのかぎり、細い音を吹きだしたのであった。その音のうちには人生の儚なさだの、煩悩だの、愚痴だの、歎きだのが、纒綿とこぐらかっているように聞えた。

「おうーい」誰か、上で呼ぶ声に、孤雲はその尺八の手を解いて、