轻松读懂日语经典作品
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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
ある者は、
「範宴御房のお貌は、前から見るとやさしいお方だと思うが、横からふと見ると、実に怖いお貌だ」といった。そういわれてから、性善坊も、
「なるほど」と気がついた。怖いと見れば怖い。やさしいと見れば優しい。
健康の点では、骨格も、気力も頼もしい頑健さを天質的に備えていた。これも母系の祖父の遺伝に恵まれているのかも知れないと彼は思った。たくましい肋骨の張った胸幅の下には、どんな大きい心臓が坐っているのかと思われるくらいだった。
その実証を、性善坊は、この九年間に眼のあたりに見てきて、ひそかに、
(自分にはとてもできない)と舌を巻いて驚いているのであった。それは、範宴の知識慾の旺なことと、それを、満たしてゆく究学心の強さであった。
唯識論とか、百法問答鈔とかいう難解なものすら、十二歳のころに上げてしまったし、十五歳の時には、明禅法印から、密法の秘奥をうけて、かつて、慈円僧正が大戒を授けた破例を、(依怙贔屓である)と、罵った一山の大衆も、今では、口を黙して、
(やはり、彼の質は天稟なのだ)と認めるようになっていた。
けれど範宴自身は、それに誇るようなふうは少しもなく、林泉院の智海に随って、天台の三大部を卒業するし、また、仁和寺の慶存をたずねて、華厳を聴き、南都の碩学たちで、彼はといわれるほどな人物には、すすんで、