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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
範宴はなんとしても、この人の持っているすべてを自分に授け賜わらなければならないと思って、
「鈍物の性にござりますが、一心仏学によって生涯し、また、生きがいを見出したいと念じまする者、何とぞ、お鞭を加えて、御垂示をねがいまする」と、大床の板の間にひれ伏して、門に入るの礼を執った。
ふつうの学生たちとまじって、範宴は、朝は暗い内から夜まで、勤行に、労役に、勉学に、ほとんど寝る間もなく、肉体と精神をつかった。
「あれは、九歳で入壇して大戒を受けた叡山の範宴少納言だそうだ」と、学寮の同窓たちは、うすうす彼の生い立ちを知って、あまりな労働は課さなかったが、範宴は自分からすすんで、薪も割り、水も汲んで、ここ一年の余は、性善坊とも、まったく、べつべつに起居していた。
冬の朝など――まだ霜の白い地をふんで炊事場から三町もある法輪寺川へ、荷担に水桶を吊って水を汲みにゆく範宴のすがたが、よく河原に見えた。
すると、ある朝のこと、
「もしや、あなたは、範宴様ではございませんか」若い旅の娘が、そばへ来て訊ねた。
三
「はい、私はおたずねの範宴ですが……」答えながら、彼は、自分の前に立った娘に対して、どこかで見たような記憶をよび起したが、どこでとも、思い当らなかった。