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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
五
「叔父さまの御弟子で、範宴少納言という秀才じゃ。そなたがまだ、乳人のふところに抱かれて青蓮院へ詣でたころには、たしか、範宴も愛くるしい稚子僧でいたはずじゃが、どちらも、おぼえてはいまい」
「そんな遠い幼子のころのことなど、覚えているはずはありませんわ」
「だから、恥らうことはないのじゃ」
「恥らってなどおりません」姫も、いつか、馴れていう。
「じゃあ、舞うて見せい」
「舞うのは嫌、胡弓か、箏なら弾いてもよいけれど」
「それもよかろう」
「叔父さま、謡うんですよ、きっと」
「おう、謡うとも」慈円が、まじめくさって、胸をのばすと、兼実も、女房たちも、笑いをこらえている。
範宴は、ほほ笑みもせず、黙然としたきりで、澄んだ眸をうごかしもしない。
五
そこへ、侍女が、菓子を運んできて、慈円のまえと、範宴のまえにおいた。
慈円は、その菓子を一つたべ、白湯にのどをうるおして、
「えへん」と咳ばらいした。
姫も、女房たちも、おのおの、楽器をもって、待っていたが、いつまでも慈円が謡わないので、
「いやな叔父さま」と、姫はすこしむずかって、
「はやくお謡いあそばせよ」あどけなく、鈴のような眼をして、玉日姫が睨むまねをすると、慈円はもう素直に歌っていた。