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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
「しかし何じゃ」
「釈尊は、人間が、その自然の春に甘えて、五慾におぼれ、煩悩に焦かれ、あたら、永劫の浄土を見うしのうて、地獄にあえぐ苦患の状を、あわれとも悲しいこととも思われました。さらば弥陀は第一に、五戒を示し、五戒の条のひとつには、女色を戒めておかれたのです」
「それを犯した僧正は堕落僧じゃ、遠流に処して、法門の見せしめとせねばならん」
「僧正の身はご潔白です。あのお歌が、若々しい人間の恋を脈々とうたっているのでもわかります。密かに、女犯の罪をかさね、女色に飽いている人間ならば、あのお年齢をもって、あのような若々しい歌は詠み出られません。もう、人間の晩秋に近い僧正の肉体です。それなのに、まだあのような歌が詠まれるのは、いかに、僧正が、今日もなおお若いお心でいるかという証拠であり、そういう肉体を老年まで持つには、清浄な禁慾をとおしてきたお方でなければならないはずです。ことにまた、ご自身に、お疑いのかかるような後ろぐらい行状があれば、なんで、情痴の惻々と打つような恋歌などを、歌会の衆座になど詠みましょうか。もっと、聖めかした歌を詠んで、おのれの心をも、人の眼をも、あざむこうとするにちがいありません」