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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

彼こそは、と五山の大徳や一般の識者からも嘱目されておいで遊ばす大事なおん身です)周囲の者は極力そういって、静養をすすめる、まったくの病人と案じているらしい。そして、性善坊も覚明もともども憂わしげに朝夕彼の恢復を祈念しているのだった。範宴はそれを知るがためにいっそう自責の悶躁につつまれた、彼らに対してすら師として臨む資格はないように思われてくる、あらゆる周囲のものに対して範宴は今まったく裸身になって手をついてしまいたい。

(この身は偽瞞の塊りである)と。

白磁の壺に、牡丹は、青春の唇を割りかけている、先ごろ、月輪の姫から贈られた室咲のそれである。悩ましい蠱惑の微笑をこの花は朝に夕べに、夜半の枕へも、投げかけていた。

その笑みはまた、誰かの笑みとあたかも似ている、ふくらみかけた花弁の肌も香いも。

ゆうべもその香いにあくがれて自分は越ゆべからざる墻を越えた、一昨日の夜も越えた、世の中の人の誰も知らないことを自分はした、知る人は、姫と、姫の侍女の万野と、自分だけであった。

ちょうど曇っていた、星すらも眼をふさいでいた、闇の中に捨ててきた跫音は完全に消されている、誰も知ろうはずはないのだ、けれど待て、三人のほかに秘密を知った者はほんとうにいないのだろうか、あるような気がされてならない、どうしてもまだ他に何者かが一人