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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――私と姫さまとが、あまりに傷ましいといって、こう申しました。それほど、範宴御房に会いたいならば、これから、叡山の登り口の赤山明神に参籠なされ、この二、三日のうちには、必ず範宴御房がそこを通るに相違ないと仰っしゃいました」

「あの加古川の沙弥が、そう申しましたか。……あの法師は怖ろしい眼あきじゃ」

「その峰阿弥のいうには、おそらく、範宴御房の行く道は一つしかあるまい。それは叡山だ。きっと叡山へ登ると信念をもっていいました……で、お姫様と心を決めて、お待ち申していたのでございます。私たちも、ふたたびお館へは帰れませぬ。また、世間のいずこへも戻る家はございませぬ。どうか、不愍と思し召すならばお姫さまを連れて御山へ登ってくださいまし、お縋り申しまする」万野は、膝を折って泣き伏した。姫も、樹蔭で泣いているのである。女のつかんでいる強い力が範宴の足を大地へ釘で打ったようにしてしまった。昏惑と慚愧とが、いちどに駈けあらした。ここまでは澄明を持ちこたえて聖域へ攀じのぼる一心に何ものの障碍もあらじと思い固めて来た決心も、いったん心の底に響きをあげて埋地のような陥没を見てしまうと、もうそこに藁一本の信念も見出せなかった。