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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

六

いつか涙の白いすじが、彼のすさまじい求法の一心を焚いている眸から溢れて、滂沱として頬にながれ落ちるのであった。

六

雨に洗われた路面は泥濘をながして白い小石が光っていた。樹々の芽がほの紅くふくれ、町の屋根にはうすい水蒸気があがっている。

範宴は、歩いていた。生々とした朝の町に、彼の顔だけが暗かった。力も、目標もない足つきだった。

「この大願が解決されねば、生きているかいはない」と思いつづけていた。

ゆうべは、宵の騒ぎで、すでに大乗院を出る時刻が遅かったので、けさは、六角堂で夜が明けてしまったのである。もうこうして、ひたむきに山から通うことも昨夜で九十九夜になる。

「何を得たか?」範宴は、依然として、十万暗黒のうちに自分の衰えつかれた姿を見出すだけだった。往来の人とぶつかっても気がつかない、輿を荷担ってくる舎人に呶鳴られても気がつかない、物売りの女が怪しんで、気狂いらしいと指さして笑っているのも気がつかない……。

今朝の彼は、気狂い僧と見られても無理がなかった。法衣は、ゆうべの雨で河水に濡れてまだよく乾いてもいないのをそのまま着ていた。その裾も破れているし、足はどこで傷ついたのか血を滲ませているのである。