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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

彼の身辺のそうした静けさは、ちょうど颱風の中心のように、いつ破壊と暗黒が襲ってくるかわからない不気味な一刻に似ていた。

突然にいい出されたので、扈従の人々は狼狽した。その範宴が、室を出ていったのである。

「きょうは黒谷の上人のもとへ参ろうよ」と。坊官たちは、

「えっ、ただ今?」思わず問いかえした。

「うむ」つよく顎をひいていう。

問い返すまでもないことだった。範宴のすがたを見ると、白絹の法衣に白金襴の袈裟をかけ、葡萄のしずくを連ねたような紫水晶の数珠を指にかけていた。その数珠は、母の吉光の前の遺物であり、白金襴の袈裟は、このまえ師の慈円僧正に対する堂上の疑惑をとくために参内した折に着けたもので、めずらしくも、正装しているのである。

民部も、覚明も、性善坊も、師の装いに倣って、あわただしく身仕度した。

階前には、稚子たちがそろう。牛飼は、小八葉の新しい輦を、車寄にひきだしていた。

三

吉水の丘はちょうど花頂山の真下にあたっている。ひところの黒谷の草庵はあまりに手狭なのでいつの年かここに移ってこられたが、その当時のまま世間では黒谷の上人といっている。そこに法然はもう三十年以上も住んでいた。