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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

八

邸内にはまだ四郎のわめくのが、聞えているのである。

八

「まったくの四郎か」六波羅侍は、念を押す。月輪殿の家来は、

「まちがいございませぬ」ふるえながら答えた。

「よろしい、召捕ってしまうから心配いたすな」やがて後から殺到した捕吏の者を、館の外へ配置して、太刀の反りを打たせながら侍たちはずかずかと前栽のうちへ入って行った。

「あれだな」四郎の姿を認めて、六波羅侍の三名が佇むと、天城四郎は、奥殿へ喚いていたその赭ら顔を、こっちへ向けて、

「? ……」じっと無言になった。

「不敵な兇賊めっ、うごくなっ」呶鳴った侍が、逞しい体をいきなり打つけて行くと、

「畜生っ、六波羅へ告げやがったな!」呪詛の一声を、館のうちへ投げるが早いか、四郎は猛然と格闘をうけた。そして、

「野郎っ」と、相手に充分組ませておいて、ふところから抜いた短刀で、その侍のわき腹を抉りつけ、

「どいつも、近寄ると、こうだぞ」死骸をどんと突き放した。

「や、や」気を呑まれた他の顔へ、血潮で塗られた短刀を投げつけると、彼の体は、ひらりっ――と寝殿の前にある大きな松の根がたまで、風を孕んだように飛んでいた。

追いすがる間もない――するすると、その幹へ、四郎の姿は栗鼠のように迅く登っていた。