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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――年は暮れて、元久元年になる。

岡崎の愛の巣では、若い妻と、法悦のうちにある綽空とが、初めての正月を迎えた。――玉日も、もう、草庵の水仕事にも馴れて。

七日には、二人して、粟田口の青蓮院の僧正へ、賀詞をのべに行った。尋有も、いよいよ健やかな勉学期に入っている。ただ思いだされるのは、養父の範綱――観真となって、老後を、孤寂のうちに養っていたあの養父が――もうこの時には、世にいなかったことである。綽空や尋有が、こういう欣びの法境に到らないうちに、夙く他界の人になっていた。

(養父がいたら、どんなに……)という良人の述懐を、若い妻は何度も聞くことであった。

二月になると、良人は、

「近くへ、旅に出たいが」と、妻へいった。

――淋しくはないか、と若い妻を宥わり思うのであった。元より沙弥の妻である。玉日は顔を振って、微笑んだ。

そして良人の立つ朝は、まめやかに、旅衣をととのえて、門口へ出て、笠を渡した。

「……二十日ほどで帰ります」どこへともいわずに綽空は、岡崎の松林から出てゆくのである。玉日は、良人のうしろ姿へ、掌を合せて、

「ご無事に」と仏陀へ祈った。――虫が知らすか、別れともない気がして。