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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

「――旅のお方か」と、下を覗いていう。

心蓮が、疲れを訴えて、一宿のおゆるしを賜われまいかと乞うと、

「はい、それは承知しましたが、ただ今、頻りに猛々しい犬の声がしたのは、貴僧の姿を見て、野良犬でも吠えたのですか」

「いえ、その犬ならば、今、当寺から駈け出して行った山伏の飼犬らしゅうございます」

「山伏が」

「さようです、刃を持って」

「はてな?」

「恐い血相でござりました」寺僧は、そう聞くと、あわてて奥へ駈けて行った。盗賊が入ったのではあるまいかといい交わしつつにわかに人々が右往左往し始めた。

すると、太子廟のほうを見に行ったうちの一人が、

「こよい御霊廟に参籠していた善信御房(親鸞)のすがたが見えませぬぞ」と、告げ廻った。

さては何か、奇禍に罹られたのではあるまいかと、老僧までが先に立って、松明を点させ、裏の御葉山へまで、その赤い灯が点々と登って、

「善信どの――。善信御房うっ……」と、呼び歩いた。

心蓮は心の裡で驚いていた。

善信というからには、都にある、法然上人の室にあって、共々に師事していた同門の綽空ではあるまいか。

つい昨年――建仁三年。その人は、前の九条関白家――月輪禅閤の息女と結婚して、法門に未曾有な問題を起した人物である。