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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

新しい教門の祖師法然はこういうのであった。従来の教えとは較べものにならないほど平民主義だ。また、実社会というものを尊重している、人間の生活というものを本義にしている。

法然の教義では、決して、信仰のために、個々の生活を変更させたり、ゆがめたりはしない。宗教のための社会のようには存在しないで、むしろ、社会のための宗教、社会機能のうちの宗教として、立場を、今までの叡山や他の旧教団体の尊傲な君臨のしかたとはまるで地位をかえて、民衆のうちの僧侶として、門は開かれているのである。

果然。

(これこそは、ほんとの宗教というものだ)

民衆が支持するし、知識階級もうごいてくる。

当然な、新勢力となってきたのである。法然が作ったわけではない。また、法然門人の人々がこしらえた勢力でもない。時代が生んだものである。だが、新しいものが興ることはそれだけずつ、旧いものの勢力が侵蝕されることだった。

(仏敵が現れたぞ)と、叡山では見ている。

叡山は、その大きな権力と、自尊心から、度々、これを問題に取りあげて、いわゆる「山門の僉議」をひらいて、

(まず、態度のあいまいな、慈円僧正から先に座主を退いてもらおう)と決議文を作って、挑戦の気勢としたらしい。