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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
これはどういう人だろうと、禅閤は今さらに上人を見直すのであった。日ごろの病苦などはかえって膝の下へ組みしいてしまったような法然なのである。しかし、どれほどこの事実が禅閤の信仰を強固にしたか知れなかった。自分が救われると共に、久しぶりでここへ来て心が明るくなった。
――それはそれとして、眼の前にはすでに刻々といろいろ問題がさし迫っている。遠流の日はまだ決まらないが、それまでのわずかの日の間でも、禅閤は、上人の身をどこか安らかな所へおいて、心から名残を惜しみたいと考えてここへ来たのであった。
で――そのことについて、上人の内意を聞くと、官のほうさえおゆるしなればという答え。その官のほうのことは、すっかり禅閤が諒解をとげてきてあるので、お案じには及ばぬ由を告げると上人も、
「では、お心に甘え申そう」という。
翌る日――牛車の支度をととのえて、禅閤はふたたび吉水へ出直した。そして、上人の身を一時、阿弥陀ヶ峰のふもと蓮華王院の辰巳にあたる小松谷の草庵に移した。
もちろん蟄居の身のままであるから、ここにも、物具を着けた警固はつく。
けれど、吉水の荒らされた禅房よりも、はるかにくつろぐことができるし、禅閤を初め月輪家の人々も、