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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
――それが善信にとっては、なによりもおもとへたのんで置くことじゃ」
――遠く、花の神楽岡の空を越えて、その時、鐘がなった。
「お……卯の刻」善信は思い出した。いつぞやここへ別れに来た時の尋有のことばを。――弟が撞く青蓮院の鐘の音を。
三
鐘は、鳴りつづいていた。その――一撞一韻ごとに、善信は、青蓮院の鐘楼に立っている弟の尋有の気もちを、胸にうけ取っていた。玉日は、そっと、
「抱いてやって下さいませ」と、房丸を、良人にわたした。善信は、子を抱いて、
「オオ」と、無心なその顔に、頬ずりを与えた。
「――すこやかに、よい和子に、育ってゆけよ。父は今朝、遠い国へ旅立つが、心はいつも、そなたの上に、父としてあろう」
その間に、戸外のほうは騒めいていた。室内にあった人々も、すべて戸外へ出ていた。
「時刻っ」と、大きな声が、草庵の門で聞えて――
「時刻でござるっ。疾くお立ちなされ」ふたたび荒々しい声音がひびく。
迎えの武者たちの群れだった。馬蹄の音や、草摺の音が、にわかに、仮借ない厳しさをそこに漲らせ、
「まだかっ」
「なにを猶予」などと、雑言を吐きちらしているのも、手にとるように聞えた。