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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

流人護送の追立役、小槻蔵人行連は、

「退けっ」と、駒のまま、馳せつけて、鞍の上から草庵の墻越しに、

「善信っ。――いや今日よりは俗名の日野善信に申し入れる。はや、卯の刻限であるぞ。妻子の別離に暇どるのをのめのめ待ってはおられぬ、はよう、支度いたせっ」善信は、同時に、

「おう」と答えて、表へあらわれた。門には、罪人の張輿が舁きすえてあり、領送使の右衛門尉兼秋の部下が、

「これへ召されい」万一を固めるのか、善信の左右を鉄槍や刀の柄で囲みながら、そういった。

「ご苦労です」善信は、官の人々へ、静かに一礼して、輿のうちへかくれた。

すすり泣く声が、その時、誰からともなく流れた。――嗚咽する者もあった。粛とした一瞬に、

「輿を上げい」と、右衛門尉兼秋がいう。玉日は、われを忘れて、

「もしっ……」房丸を抱いて、輿の下へよろめいた。

「ひと目、もうひと目」

「邪魔だっ」と、官人たちは罵って、

「歩め、歩め」と猶予する輿を急きたてた。

房丸が――母のふところでいつまでも泣いていた。――その声をうしろに、どやどやと人馬の列は草庵を離れて行く。

性善坊や木幡民部や覚明、弟子の人々も、遠くまでは許されないまでも、せめて行ける所まで、師のおん供を――とその後から慕って行った。