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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

裏日本の海が、松の森と山鼻のあいだに、染め出したように鮮明に見えてきたのは、どこかに、月が出ているからであろう。

「……有難い、やっと、風がやんだらしい」ほっとして、人々は、燈火を点けるのをわすれて、白い月明りに、夜の静寂を見まもっていた。

――と、奥の師の房の一室で、善信の声がひびいた。

「誰か、いますか」

「はい」

「よい月夜になったらしい。この垂薦を揚げて賜もらぬか」

「はっ……」生信房の枕元に坐っていた石念が立ち上がって、そこへすすんだ。

「これでよろしゅうございますか」

「おお……それでよい。……まことに今宵は、後の月ではないか。都の今ごろとは、大きな相違。……この冴えた月に、もう初雪がこぼれてくるとは」

「なにかにつけ、都におわした日ごろのことが、思い出されましょう」

「なんの――都の秋には都の趣があれば――越路の秋には越路の風物がある。――自然と共に生きんとすれば、人間はおる所に楽しめるものじゃ」

「ご書見でござりましたか」

「む……書を読んでいるうちのたのしさはかくべつ。没我、無我、身なく、古今なく、思わず長い夜も忘れる」

「お燈が持ちませぬので、さだめし、読書にも暗うて、ご難儀でござりましたでしょう」