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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――すると、すでに鎌倉では、彼のそうした憂悶のあらわれを、敏感に知っていた。三郎盛綱は、鎌倉に対して近ごろ不満をいだいているらしいと沙汰する者があったり、それに尾ひれを付け加えて、彼こそは油断のならぬ男で、今のうちに処置をせねば乱をなす者であろうと流言する者がある。

突然、鎌倉幕府では、彼が四十年に近いあいだ、幾千の部下の血と、自己や一族の刃の働きで築き上げたところの城地を、何の理由も明示しないで、強制的に没取してしまったのである。元の三郎盛綱なら、

(理不尽な致し方)と、激情して、一戦にも及んだであろうが、盛綱は、その権謀術策の人々のすることを、笑って見ていることができた。

(この機に!)彼は、身一つになって、所領、位階、一族妻子、あらゆるものに袂別を告げ、そしてまっしぐらに、多年のあいだよそながら慕っていた親鸞を遠くこの北国まで訪ねてきたのであった。

「この身の発心をあわれみ給うて弥陀がお手びき下されたことと存ずる。何とぞ、お慈悲をもってこの後の安住を老骨へおさずけ下されい」

親鸞の前へ出た三郎盛綱の偽らない物語りはこうだった。――終始、じっと聞いていた親鸞は、