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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
三
残水の小魚
食を貪って
時に渇くを知らず
糞中の穢虫
居を争って
外の清きを知らず
達筆にかいてある西仏の手がみの中には、そういう文句などもあった。高綱は幾度も、その一章をくりかえしては見入っていた。
「――残水の小魚、糞中の穢虫とは――心憎くも喩えおったな。忌々しい奴、北越でもこの高綱のうわさは伝えられているものとみえる」睨むように天井を仰いだ。その顔にはもう酒の気はなかった。充血していた眼には涙があふれかけていた。
「……だが、違いない! 西仏に喝破されたとおり、思えばこの高綱も糞中の穢虫、世の中にうごめく蛆の中にもがいていたこの身もまた蛆であった。……ああつまらぬ物に、永いあいだ業を煮やしたものよ」卒然と彼は身ぶるいした。涙のすじが頬を下って止めどなかった。
「――蛆、蛆、蛆。……ああ外の清きを知らぬ蛆」
ふいと、彼は起ち上がった。――玄蕃や近習が呆ッ気にとられている間にである。つつつと、奥の一室へかくれてしまった。
そのまま――誰も彼の居室へ近づくことを許されなかった。四郎高綱は、およそ四日ほどの間、ほとんど、そこから出なかった。
めずらしくも、そこには酒杯を絶った高綱の寂然たる瞑想のすがたがあったのである。