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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

三

一同の期待は裏切られなかった。牛若は、厳格な鞍馬の僧院から、人々の寝しずまるのを窺ってここへ来る夜を、楽しみにしているふうであった。

三

「遅いのう」

「何日になく」

ようやく、人々がつぶやき出す程、この渓谷に話も尽きて、時経つのを覚えた頃、

「見えた、おいで遊ばした」

と巌に立って見張っていた一人が云った。

牛若を迎えに行ったという箱田の冠者は、やがて此処へ駈けて来た。しかし、人々の待ちぬいていた牛若は伴れていなかった。

怪訝って三郎正近や金王丸をはじめ、人々が声をそろえて、

「や。若君は」

と、訊くと、箱田の冠者は、

「さればじゃ。若君には、日頃から憎まれている法師等のため折檻をうけられて、今日は懲らしめの為とか申し、鐘楼の柱に縛りつけられておいでになった。――それ故に、遅くなりました」

「なに、鐘楼に縛られて」

人々は、色を作して、掌中の珠でも傷つけられたかのような不安を漲らした。

「もっと、詳しく話せ。それだけではよく分らぬ。落着いて語れ」

金王丸はたしなめた。一同のうけた衝撃が大きいので、徒に騒ぎ立ちそうな空気が見えたからである。

「はい、仔細はこうです」