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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

配所の君

一

輪を作して見ていた人々は、驚いて逃げくずれた。鬼藤次もその間を、血まみれのまま走って行った。

「これなる黒鹿毛は、わがご主人の乗馬。盗んだ物を求めたのは、求めた者の買損というもの。ともかく申しうけて参るぞ」

以前の馬つなぎから龍胆を解くと、盛綱はとび乗って、あれよと人々の騒ぐ間に、蛭ヶ小島の配所へ矢のように駈け去ってしまった。

配所の君

一

まだ山々も霧、野も霧、狩野川も霧の朝まだきからである。

配所の持仏堂では、朗々と、読経の声がする。

十年一日の如く、毎暁、怠ったことのない頼朝の勤行だった。

少年の日、死刑にされるところだったのを、池の禅尼に助けられて、その禅尼から都を立つ日、

(たとえ唆す者があっても、ゆめ、太刀習いなどなさるまいぞ。親兄弟の後生を念じ、髪を下ろして、再び縄目の憂き目など尼に見せてくださるなよ)

と、懇ろに意見されたその折の訓誡を、ふかく心にとめて、今も忘れずに奉じているものの如くであった。

しかしその禅尼も既にみまかって、もうこの世の人ではない。――彼のりんりんたる読経の声のうちには、明らかに、今はその人の後生を念じているのが聞き取れる。