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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
祐親は、伊東の豪族で、北条家とならぶ権門であったから、その事件では親の祐親に睨まれ、流人ずれがと、ふた口めには云われる頼朝は、ずいぶん辛き目にあって、懲々しているはずであるのに、いつか彼の側には、変った女性が侍いて、時には、傍目もない恋を語らい合っている様もまま見かけられた。
亀の前は、伊豆の女に似げなくうち気なほうであった。その頃、下司の戯れ謡に、
男怖じせぬもの
加茂女、伊よ女、上総女
などという詞もあったが、伊豆の女はなぜその中でないだろうか。――頼朝も時には、そんな煩悩に、頭脳を憑まれている日もあった。若い肉体に、無聊といったら実に耐えきれない無聊であったせいもあろう。
そういう煩悩や頭のにごりを清掃するためにも、朝ごとの勤行は、彼自身に必要であった。その声は大きく、彼の声から蛭ヶ小島は暁けるといってよかった。
「亀。――水をくれい」
持仏堂を出てくると、彼は汗ばんだ顔をしていた。亀の前の手から一杯の冷水を取って飲みほすとすぐ股立取って、まだ露の冷たい夏草をふんで厩へ行く。――それも毎朝の事だった。
二
馬は厩に無事でいるし、きのうの出来事は、誰も告げていないので、頼朝は、そこへ立つと、