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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

五

「お召使の家人たちへ、何のご遠慮がいりましょう。方々の難しゅう申すのは、途中の変を案じるからの事で、その儀なれば、心配はありません」

と、彼は独りのみこんで、

「山絵図を写しに歩いたおかげで、山には明るいつもりですから、誰の目にもふれずに通える道を、ご案内いたしまする。――家人衆へは、私からお出ましの由、ちょっと申して来ましょう」

彼は飽くまで物事を手軽に考える楽天家であった。

五

走り湯の法音比丘尼は不犯の聖尼であるといわれていた。男禁制の森に住んで、そこには近くの伊豆山権現の法師等さえ立ち入れなかった。

尼院の庭は平らかであったが、東は伊豆山の絶壁であり、南は熱海の漁村まで、山なりに海へ傾斜している半島の突角だった。

風の日は、風がつよい。――が、よく晴れた日は、見はらしが佳い。

政子は、飽かなかった。

毎日ぼんやり――一見そう見える姿で――尼院の縁にかけて海を見ていた。

夜も昼も、ここでは海鳴りがやまずに聞える。海鳴りの中に、彼女の心はようやくこの頃、落着きを得たようであった。

「政姫さま。おさびしゅうあろうな」

法音比丘尼は、彼女のぽつねんとしている姿を見ると、慰める気か、側へ来ては話しかけた。