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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
八
しかし山馴れない政子はと、時折、気遣って振向いたが、政子は、懸命に山椿の枝や笹の根にすがって、後から攀じて来るのだった。
山は深くなった。
一叢の木立の静寂は、そうして来る政子の息の弾みを、先刻からひそと待っていた。
云うまでもなく、蛭ヶ小島の頼朝だった。
八
彼は政子の姿を見た。政子も頼朝のすがたを見出した。無表情とさえ見えるほど、二人は声も放たず近づき合った。
黙って、そこの木の根の草むらに腰をおろす。寄り添って、そうしてからも、しばらくは言葉もない……。
どういう言葉を以てしても、政子は今の自分の胸を伝えるには足らない気がするからである。
――我とてもそうである。
彼女の沈黙を酌んで、頼朝も同じ心もちで黙っていた。
が、ここはもう、日金の牧のすぐ下である。誰もいない。世間の眼もない。頼朝の供をして来た藤原邦通も、牧の妻の萱も側にいなかった。
何でも云える。そして、滅多に恵まれない機会でもある。
政子は、唇をひらいた。
「お支度はできましたか。毎日そればかりを待ち暮しておりまする。いつ二人の婚儀を挙げて下さいますのか」
「……もう少し先に」
「いつのお言葉も」