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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

二

たとえば、こんな一例がある。

春の頃からひどく旱魃の打ちつづいた承安四年の事、清涼殿で雨乞いが執行われたが、誰が祈祷にあたっても、一滴の雨も降らなかった。

すると澄憲という山門の僧が、最後の祈祷を勤めたところ大雨が降った。三日三晩降り通して、加茂川もあふれるほどだった。

「まず澄憲ほどな名僧は近代にあるまい」

「遉ではある」

万民みな、彼の通力を賞めたたえ、その名声はいちどに鳴り亙った。

「呆れたものだ」

ひとり嘲っていたのは蓬壺の浄海入道のみであった。

「さんざん薬や医者でこじらせた病人が、もう駄目といわれると、生死の煩悩も離れて、諦めの境地に入る。ふと、その心境から病魔が脱しる。そこへ薬を盛った医者は、幸運にも、起死回生の名医といわれる。――春の頃からのひでりを、もう梅雨頃と、空あいを見て祷り出せば、たいがい雨に間に合ってくる。――それを仏力だの神通力だのと――信じる者も信じる者だし、澄憲などという狗鼠坊主もいい加減なものではある」

それが山門に聞えたので、澄憲をはじめ、一山の怒りは、浄海入道にふりかかって、

「上御一人までが、百姓のため、宸襟をなやませられている事を、彼は、われのみの栄華に驕って、かくの如く、民衆のためなど念頭にもしていない」