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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

碧血

一

味方の一兵は敵の十人にも当っているのだ。――行こうっ。南無八幡大菩薩、頼朝に事を成し遂げさせ給うか、また、ここに生命を召し給うか。今、この谷間へ抛つ身を以て、いずれとも、天意をお示しあれ」

若い肉体は、獅子吼してそう云うとすぐ、鵯のごとく、真っ逆さまに駈けていた。

碧血

一

そこでの戦いは、一瞬で終っていた。源氏方の敗北らしい。

合戦の中に立ち交じると、勝敗は分らなくなる。わけて谷あいの暗闇である。

駈ける者に揉まれながら、頼朝も駈けていた。

「椙山へ、椙山へっ」

声で、味方と知り、戦は、敗けだなと覚る。

そうかと思うと、鎧と鎧をぶつけ合って、お互いの顔を間近に見るなり、

「こいつッ」

いきなりすぐ側の者を斬ったり、斬られたりする程、敵もこの中に入り交じっているらしい。

そういう中で、佐奈田余一義忠とか、武藤一郎とか、頼朝に取っても、世の中にとっても、惜しい若者が幾人となく討死して行った。

石ころと雑草ばかりな河原へ出た。西と南に谷口への道がある。味方の大部分は、そのどっちへ行ったか。

頼朝は、幾度か転び、転ぶたびに、

「討死か」

と、冷やかに思う。

なぜか、ふしぎにも、生きようとする執念が稀薄である。