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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「鎌倉へ進もう」

と、ここで云い出したのであった。

「鎌倉は源氏発祥の地と申してもよい。――後冷泉院の御宇安倍貞任を討ち鎮められた後、祖先源頼義朝臣は、相模守となって鎌倉に居を構えられた。――長子の陸奥守義家朝臣もおられた。――鶴ヶ岡八幡宮は、康平の秋、ご父子が奥州征伐のご祈願に、石清水を勧請なされたのがその縁起であるやに聞いておる」

やや迷いの見える諸将の顔色を見まわしたが、頼朝は、自分の熱意を押しつけるように、なおも、説いた。

「頼義公の威徳は、当時、坂東の武夫どもがみな慕うところであった。民は帰服し、弓馬の門客は、常に諸方より鎌倉に往来して、公に接するのを名誉にしていたという。よく士を愛し、施を好むお方だった。嫡男の八幡太郎義家公については云うまでもない。――それやこれ鎌倉こそは源氏に由緒の深い第一の地と思う。――要害の点も、この地方とは、比較にならぬ」

口を極めて、彼は、鎌倉を主張した。いや、その何れにするかを、諮っているのではない。自分の信念を、諸将にも、自分と同じ熱意まで信念させるために、云っているのであった。

鎌倉と聞いて、誰も皆、

「なるほど」