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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

――これは。

と、耳にとめた事は、老人の意見とて、決して聞き流してはいなかった。

鎌倉に。

という着想も、常胤の云い出した事であったし、今、富士川から退軍するのが利だという説も、その常胤と広常の諫めであった。

だが、いくら東国の事情にくわしい二人の説でも、鵜のみに、そうかと信じないところも、頼朝の性質だった。

「なぜ、退くのがいいか」

そう質問した。

広常は、それに答えて、

「――されば。常陸の志太義広とか、佐竹一族とか下野の足利忠綱など、まだまだ平家に属する豪族は、五指を折るも足らぬほどある上に……です」

と、そればかりではない理由を――味方の弱点を広常は指摘した。

要するに、いかに士気は昂くとも、強靱な軍勢でも、内部の組織は、一夜仕立てである。縦糸は太いが、横糸は極めて粗い。

平家は一見、その組織も士気も早、末期のものとは見えるが――と云って、一挙になどと見縊ったら、存外な惨敗を喫するかもしれない。尠なくも彼には数十年の集積がある。また、頼朝以上の逆境から立って――今日の平家を築きあげた入道相国がなお健在である。

「うむ。そうか」

頼朝は、釈然として、すぐ総軍にひき揚げを令した。