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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「お会い申すのは、今初めてでござりますが、物心つき初めてから、人と成るまで、一日だに、世に、一人の兄上ありと、伊豆の空を憶わぬ日とてはありませんでした。――兄上にも、お心の隅に、奥州に九郎という一人の弟ありと、他ながらでもお覚えでござりましょう。その弟義経にござりまする。源九郎義経にござりまする! ……」

「覚えている」

頼朝は、云うと、われを忘れて、手をあげた。

「なぜ、そのように、遠くにおるぞ。他人のように隔てておるか。――もそっと、間近う寄って、面を見せよ」

義経は、なお遠慮して、側にいる実平の顔をそっと窺った。実平は、その意を酌んで、

「おことばですから、ずっとお近くへ行って、ご悠りと、お物語りなされませ。――実平は、次に退がっておりますゆえ、ご用の時は、お呼びくださいますよう」

と、小声で云った。

義経は、一人となると、なお、生れて初めて会った兄に対して、処女のような羞恥いと、遠慮を抱いた。

五

――よい骨柄の若者。これが、自分の弟だったか。

頼朝は眼をほそめた。

自分も席をすすませた。義経もすり寄って出た。

「おなつかしゅうございました」

相寄ると、そこには、もう身分の隔ても、権力の相違もなかった。