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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

その容子を、頼朝は、じろと冷たい眼で見ながら、義経へは何も問わずに、

「乳母。待て」

と、呼びとめた。

乳母――と初めてその時呼んだのである。そして、予め肚の中では、最初からそういうつもりであったかのように、

「こらえられぬところではあるが、先祖の功に免じて、このたびだけは、経俊の一命、助けおいてとらせる。……倅めに、そなたからもよくよく云い聞かせておくがよかろうぞ」

と、云った。

腰がぬけたように、老母は、大地に平たくなって、座を立つ頼朝のすがたを拝んでいた。義経も手をついたままでいた。しかし義経の感情はなお感情のまま胸のすみに澱んでいた。

新府繁昌記

一

その年の鎌倉は、石曳き謡や手斧の音に暮れ、初春も手斧のひびきや石工の謡から明け初めた。――鎌倉へ、鎌倉へ。

この相言葉は、もう軍の用語から転じて、民間のものになっていた。

「鎌倉へ行けば仕事がある」

東国から北のほうまで、国々の往来で、旅の者が、旅の者に、

「何処へ?」

と行く先をたずねれば、

「鎌倉へ」

と、極まっていう。

妻子を連れたり、弟子たちを従えたり、道具を担ったりした鍛冶、漆工、指物師、大工、屋根葺き、機織娘、彫刻師、染工などから、馬の群れを曳いた牧の者、僧の群れをつれた寺院の徒、女の群れをつれてゆく何商売か知れない人間たちまでが――相模の新府をさし